温泉リゾート「一の坊」が取り組むマルチジョブがもたらす自立型人材育成とは

企業のワークライフバランスやSDGsへの取り組みを紹介するこの企画。今回は宮城県内で4つの温泉リゾート施設や個性豊かな飲食店、美術館などの「一の坊リゾート」を運営する、株式会社一の坊を取材しました。

株式会社一の坊とは

株式会社一の坊は、宮城県内に4つの温泉宿泊施設と飲食店を2店舗、美術館を運営する企業です。中でも「松島温泉 松島 一の坊」は日本三景のひとつ、松島湾に面した温泉地で、歴史ある観光地として多くの旅行者に愛されています。

会社名株式会社一の坊
住所宮城県仙台市青葉区花京院2丁目1-10
事業内容宿泊施設及び美術館、飲食店経営
設立1950年1月
公式ページhttps://www.ichinobo.com/

宮城県を代表する宿泊施設を運営し、地域の観光振興に貢献する同社は、1950年の設立以来、ここにしかない「違い」を明確にお客様がまだ気づいていない宿泊のニーズを提案し、居心地の良い“理想の日常℠”を提供しています。
(※)“理想の日常℠”の「SM(Services Mark)」は、サービス(役務)についての商標です。

そこで今回は、一の坊リゾートのコンセプトや特色ある事業、新たに同社が取り組んでいるマルチジョブ、ライフワークバランス、SDGsの取り組みについて、人事部の蜂谷さん、樋口さんにお話を伺いました。

本日お話を伺った方
株式会社一の坊・人事部の蜂谷さん

株式会社一の坊
人事部

蜂谷さん

株式会社一の坊・人事部の樋口さん

株式会社一の坊
人事部

樋口さん

“理想の日常に出会う”をコンセプトに、個性豊かな7施設を運営

株式会社一の坊のコンセプト「理想の日常に出会う」のイメージ画像
▲株式会社一の坊では、「理想の日常に出会う」をコンセプトに、4つの温泉リゾート施設を運営している(公式サイトから引用)

編集部

まず最初に、一の坊さんの事業内容についてお聞かせいただけますでしょうか。

蜂谷さん

当社は日本三景の1つとして知られる宮城県松島の温泉宿「松島 一の坊」をはじめ、宮城県内に趣の異なる4つの温泉リゾート施設と、2つの飲食店、海とガラスをテーマとした美術館の計7施設を「一の坊リゾート」として運営しております。

編集部

公式サイトを拝見すると、どの施設も魅力にあふれ、今すぐにでも旅に出たくなります。施設を運営するにあたり、一の坊さんではどのようなコンセプトを掲げていらっしゃいますか?

蜂谷さん

当社は“理想の日常に出会う”をコンセプトに掲げています。昔は旅に出たり宿に泊まったりすることは非日常で、お家に帰ったら「やっぱり我が家が一番だよね」と感じることが多かったと思います。しかし、今のお客様が求めているのは日々の生活より充実した、ストレスフリーな日常を過ごせる”理想の日常℠”ではないかと考えました。

私どもが考える理想の日常とは、“居心地の良さ”です。室内や館内施設のみならず、周辺の地域・環境も含めた各施設の個性を活かした魅力。まるで我が家のようにくつろげる、ずっとここで過ごしたいと感じていただけるような時間と空間をご提供させていただいております。そして、一緒に過ごした方と心を通わせ、絆を深めてお帰りになってほしいと考えています。

編集部

日常の延長の場とすることで、訪れる人は心から安らげるというわけですね。とても素敵なコンセプトだと思います。

マルチジョブによる効率化と多面的な視野の育成

マルチジョブとして複数のタスクに取り組む一の坊のスタッフ
▲スタッフ1人ひとりが3つ以上の異なる業務を遂行するマルチジョブ制を導入。スタッフはさまざまな目線でサービスや業務改善を見つめ直すことができる

編集部

宿泊業を中心に多角的な経営をされている一の坊さんでは、スタッフがセクションの垣根を越えて働くマルチジョブを導入されていると伺っております。みなさんはどのような働き方をされているのでしょう。

蜂谷さん

当社のサービススタッフは一日の中で、フロント、レストラン、客室、予約などセクションの垣根を越えて複数の仕事に取り組む「マルチスタッフ」として勤務しています。従来のホテル運営はセクション別に専任の担当者が業務にあたるため、それぞれのセクションごとに人員が必要でした。

これに対し、マルチスタッフを導入している一の坊では、業務にあたるセクション全体を通して、お客様が過ごされる時間・場所・人数に合わせてスタッフが勤務するようシフトを組むことができ、より効率的な運営が可能となります。

マルチジョブでフロントチェックインをする一の坊のスタッフ
▲マルチジョブでは、フロント業務やサービスなど、複数に業務をマルチにこなすスタッフが活躍

蜂谷さん

お客様の流れに合わせ、1人のスタッフが3つ以上のタスクに取り組むことで、急な欠員が出た場合もすぐに別のスタッフがサポートでき、お互いに支え合う気持ちがより生まれました。また、さまざまな仕事を経験し、多面的な視野を持つスタッフの育成にもつながっています。

編集部

なるほど。マルチジョブという働き方は勤務効率を向上させる効果も期待できますね。とはいえ、複数のタスクに取り組むには、一定の経験が必要と思われます。育成についてはどのような工夫をされていますか?

蜂谷さん

日々、複数の仕事に取り組みながら覚える体制であるOJTがメインです。例えば、早番で出勤した後、先輩スタッフにつきながら、朝食レストラン、客室清掃を行い、午後にフロントでチェックインの応対にあたって退社をする一連の流れの中で覚えていく。お客様への接客を、実際に身体を動かして理解していくことで、本人の経験値を高めていくと考えています。

編集部

1つの仕事を集中的に覚えるのではなく、日々の仕事の中で覚えることで、複数のタスクを効率的に身につけることができるのですね。

自発的に意見を述べ実践する「自立型人材」

調理部門で活躍する株式会社一の坊の社員
▲ベテラン、若手に垣根はなく、新入社員からもサービス改善の意見を募り、前向きに取り組む姿勢を評価している

編集部

マルチジョブとしてスタッフが複数のタスクに取り組んでいると、さまざまなことに目が向き、改善すべき点が見えてくることもあると思われます。そのような意見はどのように吸い上げられているのでしょう。

蜂谷さん

当社では勤続年数や役職に限らず、誰もが意見を出せる社風があります。勤続1年目の新入社員からもサービス改善の意見が出たり、料理メニューのアイデアを全スタッフに募って採用したりすることもあります。

このように、スタッフ1人ひとりが自立意識を持って日々の業務にあたることを、当社では「自立型人材」と呼んでいます。

各施設のコンセプトをもとに、セクションの垣根を越え、新しいことにどんどんチャレンジしてほしいと考えています。

編集部

チャレンジの具体的な事例をお聞かせいただけますか?

蜂谷さん

調理担当の新入社員に、洋食のメニューの考案を任せたことがあります。旬の素材を使った料理に付け添えるソースが採用され、実際にお客様に提供するに至りました。また、私自身も以前、現地でサービスに関わっており、考案したバーカクテルのレシピが採用されたことがあります。

季節に合わせた4つのカクテルをシーズンごとに提供している当社では、チームミーティングでレシピを決めることもありますが、基本的には個人で考え、チームスタッフに試飲してもらい、ミーティングで意見を交換してレシピを決めていく流れになっています。

新しいアイデアの提案は、依頼を受けて考案することもあれば、自発的に提案することもありますが、どちらの場合でも意欲的に取り組んでいるスタッフのアイデアが採用されるケースが多いです。

株式会社一の坊のスタッフミーティングの様子
▲一の坊のスタッフは自ら行動をし、サービスの改善に日々努めている

雰囲気の良さと成功に繋がるスローガン「みんなで魅力ある楽しい一の坊をつくる」

編集部

誰もが意見を出せたり、自発的に提案できるのは、社内の雰囲気が良い証だと思います。意識的に雰囲気づくりをされていることはありますか?

樋口さん

「みんなで魅力ある楽しい一の坊をつくろう!」のスローガンが、全スタッフに浸透していることが雰囲気の良さとして現れているのだと思います。

当社には仕事が楽しくなければどんなに待遇が良くても長続きはしないという考えがあり、楽しく仕事をするためにどんな工夫やカイゼンが必要か、みんなで話し合い、みんなで決めていくスタイルになっています。このスタンスが、自立型人材の育成につながっているように感じます。

編集部

「みんなで魅力ある楽しい一の坊をつくろう!」というスローガンが一の坊さんのスタイルとして浸透していることで、スタッフのみなさんはのびのび、楽しく仕事ができているのですね。

一の坊の成功に向けたSNS戦略とフォロワー数増加の秘訣

編集部

一の坊さんの公式サイトやSNSを拝見すると、多彩な切り口で滞在中の過ごし方などを美しい写真と共に紹介されています。フォロワー数を増やすにあたり、工夫されていることはありますか?

蜂谷さん

スタッフと協力しながら進めているSNSは、掲載写真の選定基準の共有の他、撮影方法、テキスト内容、ハッシュタグなどにも細かくルールを設けることで統一感のあるコンテンツを提供し、より効果的なSNS運用を心がけています。

私が松島一の坊にいたときは同世代の4人ぐらいのスタッフで、2日に1度の更新を目標に取り組んでいました。自分たちで全てを行うのは限界があるので、定期的にプロのカメラマンを講師に招いて撮影の勉強をしたり、プロの方に撮影していただいた写真を利用したりしていくことで、高いクオリティを維持できるよう努めてきました。

その甲斐もあり、フォロワー数は年間で数百人ほど増え、スタッフのモチベーションにもつながっています。また、“いいね!”の数で人気の投稿が把握できるので、マーケティングにも役立っています。

編集部

ダイレクトなSNSの反応は、一の坊さんが掲げる自立型人材の育成にもつながっているのですね。

育児休暇取得率向上への取り組み

編集部

ここからはライフワークバランスについてお聞きします。一の坊さんは宮城県内の宿泊業では初となる「くるみん(※)」認定を取得されています。子育てサポートの取り組みについてお聞かせください。
※くるみん:次世代育成支援対策推進法に基づいた行動計画を策定し、目標を達成するなどの要件を満たした企業を「子育てサポート企業」として厚生労働大臣が認定する制度

樋口さん

育児休暇後のスムーズな復職はもちろんですが、仕事と子育ての両立ができる制度を作っていきたいと考えています。ロールモデルを作ることで若い世代も育児休暇が取得しやすくなり、ワークライフバランスを考えた働き方ができるようになることが狙いです。

一方、子育てを終えたスタッフとのギャップがあるのも事実です。今のような育児サポート制度が充実していなかった時代に子育てを経験したスタッフは、育児休暇を取ることによって生じる業務体制や時間のやりくり等をどう解決するか、周りのスタッフへの理解促進についても課題となるようです。

このようなギャップを払拭し、誰もが遠慮なく休暇を取れる、マルチジョブを活かして安心して送り出せる、互いにWin Winな制度へさらに整えていきたいと考えています。

編集部

一の坊さんがくるみんを取得した際のデータを見ると、2020年の男性スタッフの育児休暇の取得率は25%と、宿泊業界ではかなり高い水準と思われます。ギャップがわずかながらあるとのことですが、取得に至った背景を教えていただけますか?

樋口さん

育児休暇を取得した男性スタッフは、子育てにしっかり参加をしたいという強い意志を持っていました。子育て支援に取り組む当社としてもその姿勢を応援し、手続きの踏み方や復職後のスケジュールなどをサポートしました。

復職した際に育児休暇を取得した感想を聞くと、「オムツ替えや、沐浴、ミルク作りなど、育児に父親としてしっかり関わることで家族の時間を持つことができた」「育児の楽しみと大変さを実感することができ、父親として育児への自信が持てた」「日々成長する姿を妻と共有できて、本当に楽しい時間を過ごすことができた」など、休暇を取って本当によかったという声が多く寄せられました。

この声を2022年夏に発行した社内報に掲載しました。多くのスタッフが目にすることで男女問わず育児休暇を取得しやすい雰囲気を作っていきたいと考えています。

編集部

スタッフさんの反応はいかがでしたか?

樋口さん

育児休暇に対する理解は広まったと感じます。一方、ネックになっているのが収入面です。育児休暇中は休業給付金を加えても満額支給ではないため、長期の育児休暇取得は難しいという意見もあります。

また、所属するセクションによって育児休暇取得への考え方に差があると感じています。「みんなで魅力ある楽しい一の坊をつくろう!」のスローガンを実践するためにも、ロールモデルをしっかり作っていきたいです。

編集部

成功事例だけでなく、課題においても忌憚なくお話くださったことに、一の坊さんの誠実さを感じました。

ワークライフバランスを重視した働き方がサービス向上につながる

編集部

一の坊さんでは年間の公休が113日と伺っております。宿泊業界では比較的多いかと思われます。これにはどのような思いが込められているのでしょう。

樋口さん

オンとオフ、どちらか一方だけが充実するのではなく、ワークライフバランスを意識し、休みをしっかり取ることで良い仕事ができます。

仕事は楽しいことが一番と考えます。24時間のうち、8時間は睡眠、8時間は仕事、そして残りの8時間をプライベートに充てると考えたとき、仕事の8時間が楽しいものであれば、プライベートも楽しい時間が送れますし、良い睡眠がとれると思います。

しかし、その反対になってしまうと辛い時間になりますし、それが睡眠の質であったり、プライベートの時間にも影響してしまいます。仕事もプライベートもどちらも楽しみながら、自己成長へつなげることが大切です。

当社はお客様に“理想の日常”を提供する企業です。オフタイムはしっかり休み、時には思いっきり遊んでいろいろな体験を吸収し、それらを仕事の舞台で発揮することを期待します。公休日数は今後も段階的に増やし、最終的には120日程度にする計画です。

編集部

しっかり働き、しっかり休むことで、仕事へのモチベーションが上がり、より良いサービスの提供にもつながっていくのですね。

フードロス削減のための細やかな取り組み

一の坊の「オーダービュッフェ」の様子
▲オーダーを受けてから調理をする「オーダービュッフェ」により、食材廃棄や残食を減らすことを実現

編集部

一の坊さんではSDGsに積極的に取り組まれているそうですが、その内容についてお聞かせください。

蜂谷さん

SDGsの中でも、特に12番目の目標「つくる責任つかう責任」と、14番目の目標「海の豊かさを守ろう」、15番目の目標「陸の豊かさも守ろう」に取り組んでいます。

具体的な取り組みとしてはフードロスの削減です。当社では4つの宿のうち、3つの施設で料理に「オーダービュッフェスタイル」を採用し、お好きなものを好きな分だけご自身で目の前の調理人へオーダーするスタイルとなっています。飲み物も基本的にセルフサービスなので、ご自身で飲める量の調整やお料理と飲み物のペアリングをお楽しみいただけます。

例えば、メイン料理の付け合わせに野菜がつくことがありますが、苦手な方はあらかじめ野菜を料理から外すことも可能です。また、出来立て料理にこだわっているので、当日・翌日に使用される食材のみの発注・納品をするなど食材を計画的に仕入れ、フードロス削減に大きな効果をもたらしています。

また、当社では地産地消も推奨しており、地元の野菜を使うことで食材の運送時に発生する車両からのCO2削減にも貢献しています。何より、ここにしかない地域の魅力、生産者様の食材への思いをお客様に届けられるようみんなで工夫しています。

編集部

とてもきめ細かな対応をされているのですね。フードロスに関する取り組みが他にもあれば紹介いただけますか?

蜂谷さん

月毎に大枠のメニューが変わるたび、使用されたお皿の枚数を数えることで、お客さまが食べられた量を把握しています。

サラダや肉料理など、様々な料理がありますが、それぞれのお皿が何枚出たかをカウントし、お皿の出方で次回の仕入れや仕込みの量を調整しています。こうすることで、お客さまの趣向を知ることができ、仕入れにおいてもムダを省くことができます。

探求心を持ち、仲間と楽しみながらチャレンジできる方を歓迎

株式会社一の坊が運営する温泉リゾート「だいこんの花」のスタッフ

編集部

一の坊さんのコンセプトや、スタッフの意見を尊重する自立型人材、子育て支援、SDGsへの取り組みに興味を持った読者は多いと思われます。現在、転職を検討している方や読者に向け、採用に求める条件、人物像などについてお聞かせください。

樋口さん

日本全国に数万件の温泉が存在していますが、その中で一の坊が選ばれるためには、お客様が足を運ぶ理由と「違い」が重要です。”理想の日常に出会う”をコンセプトとする当社は、ストレスフリーで居心地のいい空間を提供することを使命とし、ここでしか感じられない時間と空間がある温泉リゾートを目指しています。

このようなサービスを提供するためには常に探求心を持ち、仲間と楽しみながらチャレンジをして成長し続けることが大切です。お客様に「また来たいな」とおっしゃっていただき、再びお会いできるような宿作りを目指せる方を歓迎します。

当社では単身者社員寮や家賃補助、営業所内のイベント企画や自主企画旅行の旅費補助など福利厚生を充実させ、スタッフがより楽しく仕事ができる環境づくりを日々考えています。働きがいと生きがいを感じられる当社に興味を持った方はぜひ、お気軽にお問い合わせいただければ幸いです。

編集部

“理想の日常に出会う”という一の坊さんのコンセプトは、スタッフの方々の働きやすさ、楽しさにもつながっていることを、今回のお話から感じることができました。

本日はありがとうございました。

■取材協力
株式会社一の坊:https://www.ichinobo.com/
採用ページ:https://www.ichinobo.com/recruit/