SDGsへの取り組みや、地方採用を行っている企業を紹介するこの企画。今回は、徳島県神山町で“テクノロジー×デザイン×起業家精神”を教育の土台とする神山まるごと高等専門学校(以下、神山まるごと高専)を取材しました。
テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校
徳島県神山町に2023年4月に開校した5年制の私立高等専門学校「神山まるごと高専」は、神山という地に根ざしながら、テクノロジー、デザイン、起業家精神を中心とした学習を通して、モノづくりの力を活かしながら、社会を切り拓く「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を目指しています。
法人名 | 学校法人神山学園 |
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住所 | 徳島県名西郡神山町神領字西上角175−1 |
事業内容 | 神山まるごと高等専門学校の運営 |
設立 | 2022年9月8日 ※神山まるごと高専の開校日は、2023年4月2日 |
公式ページ | https://kamiyama.ac.jp/ (神山まるごと高専) |
質の高い教育を提供するために、多彩なバックグラウンドを持った教職員やスタッフが他県から移住しています。
徳島県神山町での暮らしや学校運営に携わる魅力、SDGsへの取り組みなどについて、神山まるごと高専事務局長の松坂孝紀さんにお話を伺いました。
テクノロジーとデザイン、起業家精神をまるごと学べる高専を運営
▲19年ぶりに新設された高等専門学校(高専)として、2023年4月に開校した「神山まるごと高専」
編集部
神山まるごと高専は、起業家の育成を目指す全国でも珍しい高等専門学校とのことですが、はじめに転職を検討する読者に向け、学校法人の運営内容、特徴についてお聞かせいただけますでしょうか。
松坂さん
神山まるごと高専は、テクノロジーとデザイン、起業家精神を学ぶ独自カリキュラムによって、学生が社会で活躍するための力を高めることを目指した新設校です。
従来の高専は、どちらかといえばモノづくりに強いカリキュラムで構成されていました。それだけでも十分社会に通用する力が備わるとも思いますが、当校ではそこに、デザインと起業家精神を掛け合わせ、これから時代を切り拓いていく人になってくれればと考えています。
全寮制の学校でもあるため、学生は徳島県神山町という人口5,000人足らずの小さな町で寝食を共にしながら、教室内外で学びを得ていくことを特徴としています。
親元を離れた学生にとって、入学後は生活そのものがガラリと変わります。自立が求められる環境に身を投じることで得られる成長要因は、非常に大きいと感じます。
モノをつくる力でコトを起こし、常にアップデートをする「神山まるごと高専」
▲学ぶのはテクノロジー×デザイン×起業家精神。トップクラスの学びが、広い選択肢を有する魅力的な20歳を育てる(公式サイトから引用)
編集部
神山まるごと高専を運営するにあたって、掲げられているミッションやビジョンについてお聞かせください。
松坂さん
“モノをつくる力で、コトを起こす”をミッションに掲げる当校では、学生を育てることはもちろん、スタッフもそのような存在でありたいという考えのもと、運営をしています。
ビジョンに関しては”β Mentality(ベータメンタリティ)”という言葉を掲げています。市場に投入する前のベータ版をユーザーの方々に見ていただき、ブラッシュアップしながらより良くしていくことってありますよね。
時代が目まぐるしく変化する状況でも、教育現場は変わりにくいのが実情です。私たちは時代の変化や学生のニーズに柔軟に対応し、常にアップデートしていく姿勢そのものが、ビジョンと考えております。
編集部
なるほど。学生と共にスタッフがアップデートをすることで、あらゆる場面で必要とされる人材の育成に尽力されているのですね。
主役である学生が神山町と共生するために。地域連携を強化
編集部
神山まるごと高専では先進的な学校運営をされていると思うのですが、なぜ徳島県神山町に開校されたのでしょう。
松坂さん
神山町は、日本で初めてサテライトオフィスが置かれたり、アートを活用した街づくりをやっていたりという事例から「地方創生の聖地」と言われており、さまざまな新しい“コト”が起こる場所です。
コンセプトに“テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校”や、“モノをつくる力で、コトを起こす”をミッションに掲げる当校において、神山町だからこそできる教育があると考え、この地での開校に至りました。
編集部
地域との具体的な連携や、そのためにしていることについて教えていただけますか。
松坂さん
地域の方々や、町を訪れるアーティストの方、IT系のベンチャー企業、起業家の方々に教鞭に立っていただくこともあり、さまざまなかたちで神山町に縁のある方と学生が交流し、一緒に“コト”を起こしていこうという動きがすでに見えています。また、授業も教室内に収まらないことが多いので、町内で授業をさせていただくこともあります。
主役である学生が地域に馴染み、愛され、一緒に成長していくために、私どもスタッフは地域を理解することが求められると思っています。学生同様、スタッフの多くも神山町への移住者となっているので、スタッフが地域を理解するためのスタディーツアーを実施しました。
▲神山まるごと高専のスタッフは、地域と連携しながら、学生が主役になるための下地作りを行っている
松坂さん
町づくりとしてどのようなことが行われているのか、地域の名産品や特産品、商店がどのような思いで活動しているのかなどを知るために各地域を回ったり、地域の方々を当校に招いたり、一緒に食事をしながら交流する機会を設けています。このような活動を通し、学生が主役になるための下地作りを行っています。
学費が実質全額無償化の背景にある企業の協力
編集部
神山まるごと高専の5年間の学費は実質全額無償とのことですが、どのような仕組みになっているのでしょう。
松坂さん
当校は私立の新設校ということもあり、教育現場や環境を充実させた結果、学費が年間200万円と高額になってしまいました。費用面から入学を諦めざる得ない学生が出ることを危惧し、奨学金制度の充実に取り組みました。
その過程で学費と同じ奨学金を出せれば、実質無償になるという考えに至り、作り出した1つのスキームが、約100億円規模の奨学金基金です。
年間5%で運用すれば5億円となり、学生200人に対して年間250万円を配分できる計算になります。学費に加え、寮費もある程度カバーができるため、各ご家庭への負担も軽減されます。
奨学金基金は最終的に11社の企業様に1社あたり10億円の寄付、または出資というかたちでご協力いただいたことによって、学費の永年無償化を実現することができました。
経済的に大きなリターンがあるわけではない当校の基金に対し、11社もの企業様にご協力いただいたことに感謝すると共に、当校のコンセプトを理解し、尽力いただいたことを嬉しく思います。
編集部
神山まるごと高専への投資は、未来を担う学生への投資であり、日本の明るい未来につながるのですね。
教員の6割が民間勤務経験者。モノ、コトを生み出すスタッフがジョイン
編集部
神山まるごと高専には、どのようなスタッフが働いてるのでしょう。
松坂さん
当校のスタッフは、社会の中でモノを作ったりコトを起こしたりという経験を持つ者が多いように思われます。
例えば、経営メンバーの多くは起業家であり、社会で様々なチャレンジをしてきたメンバーです。教員の6割が民間勤務経験があるのは、教育現場では非常に高い数字だと思います。
学校運営を担うスタッフにおいても、学校業界の者だけではなく、コンサルティング業界やIT系企業、広告業界などさまざまな業界経験者がジョインし、新しい学校を作っていくことにチャレンジしているのが当校の特徴です。
編集部
いわゆる学校の先生として教育現場しか知らない方ばかりではなく、さまざまなバックグラウンドを持った方がジョインすることで、独創的な学校運営が実現していることがわかりました。
経済的格差をなくすために。取り組むSDGs目標4“質の高い教育をみんなに”
編集部
次に、神山まるごと高専で取り組まれているSDGsについて伺います。目標4の“質の高い教育をみんなに”に関連するかと思われますが、具体的なアクションについてお聞かせください。
松坂さん
“質の高い教育をみんなに”という目標において、当校の奨学金基金が達成に大きく貢献していると自負しております。先ほど申し上げた通り、奨学金基金の設立の目的も、経済的な理由から当校での学びを断念する学生や家庭があってはならないという思いがきっかけでした。
また、SDGsを実現するために重要とされる多様性に関しても、当校の奨学金基金は大きなポイントになっていると感じます。在学生の9割が徳島県外という当校は、北海道から沖縄はもとより、イギリス・ロンドンからの入学生もいます。
奨学金基金によって学費面での負担が軽減されることによって、学生には選択肢が生まれ、育った環境が異なる多様な学生が集まることで、新たなイノベーションが生まれることも期待できるのではないかと思います。
課外活動や部活動は自分たちで作る!海外ロボコン出場を目指す学生たちの挑戦
編集部
多様なバックグラウンドを持った学生が集まることで意見も活発化すると思われます。学生の様子についても、ぜひご紹介いただきたいです。
松坂さん
部活や課外活動は学校発信ではなく、学生が作るという方針の当校では、学生1人当たり10万円の予算を学校側が確保し、課外活動や部活動に充てるチャレンジファンドという制度があります。
学生たちがやりたいことに対して、予算計画を作成し学校側にピッチをして、OKが出れば資金を獲得できます。このチャレンジファンドを活用してモノづくりを行ったり、コンテストに挑戦したり、イベントを開催したり、多様な人が集まることで活動は活発化しますね。
地域の方々に協力をしてもらいながら町で農業を始めたチームもあったり、外部の協力者を募りながら、海外のロボットコンテストにチャレンジしようとしているチームもあります。
アメリカ本土で行われる本戦に出場するとなると、1,000万円かかると聞きちょっと驚いていますが、さまざまな価値観を持つ仲間がジョインした結果、「私たちならできる。やってみよう」と思えたのかもしれませんね。
編集部
学費の無償化に加え、学生たちの能動的なアクションを実現する支援体制もあるというわけですね。そのような神山まるごと高専の姿勢が学生の成長につながり、質の高い教育につながっていると感じます。本当に素晴らしい学校だと思います。
女子学生広報に力をいれ、男女半々に
編集部
多様性を受け入れるにあたって、価値観にも相違があると思われます。SDGsの目標5の“ジェンダー平等を実現しよう”に関して、神山まるごと高専が取り組んでいることはありますか?
松坂さん
当校では女子学生に向けた広報活動を積極的に行っています。従来の高等専門学校は圧倒的に男子学生の比率が高く、全国平均で見ても女子学生は22%というのが実情です。
広報活動の甲斐もあり、女子学生の比率が高い当校では、高等専門学校で学ぶチャンスを多くの方に提供したいと考えております。
自然環境に関する目標にも取り組む神山まるごと高専のSDGs
▲神山まるごと高専では、「美味しい!」と大評判の地産地消給食が提供されている
編集部
SDGsでは、自然や環境保護に関する目標があります。自然豊かな神山町にある神山まるごと高専が取り組まれていることはありますか?
松坂さん
自然に触れることで、ゴミ問題に直面し、さまざまな取り組みをしていこうという動きがあり、学生自身が出しているゴミの量を把握した上で減らす努力をしています。
全寮制という環境下で1つひとつの小さな取り組みを自分ごととして行動することで、当事者意識を持つことの大切さを学んでいる姿が見られます。
また、学生の毎日の食事は神山町の株式会社フードハブ・プロジェクトと東京代々木に本社がある株式会社モノサスが“日本一、地産地食な給食”を目指して作っています。日常の食として提供される給食は、地元で採れた旬の食材を使ったホッとするような内容になっています。
地域で生産された農産物を、その地域で消費する活動は、SDGsが掲げるさまざまな環境に関する目標にも関係すると思われます。
「移住して良かった!」誰のために働いているのかを実感できることはやりがいそのもの
編集部
神山まるごと高専のスタッフは、徳島県外からの移住者が多いとのことですが、松坂さんが移住をして働くことになった背景やきっかけをお聞かせください。
松坂さん
地域の中でさまざまな方に支えていただきながら働くことに魅力を感じ、移住を決意しました。都会とは異なり、1人ひとりの顔が見えるサイズ感の中、誰のために、どんな人に影響を与えながら暮らし、働いているかを実感できることはやりがいそのものと感じています。
神山まるごと高専の運営には、“創造的過疎対策(※)”という考えが大きく影響しています。人口減少に対する歯止めは難しいけれど、面白い町を作り続けていくことで持続可能なまちに変えることはできます。そのまちづくりの一翼を担うのが、当校の学生やスタッフです。
※創造的過疎対策:将来的に人口が減ることは不可避とし過疎化を受け入れたうえで、人口構成を持続可能な形に変えていく計画的な過疎対策
神山町が大切にしていること、守ってきたことを活かしながら、新しいものを取り入れ、その相乗効果による変化を楽しみたいと思っています。
編集部
神山町に移住して働くにあたり、松坂さんが思う大切なことはなんですか?
松坂さん
1人の人間として、神山町で幸せに暮らすことだと思います。地域に溶け込もうと、つい目標を掲げがちですが、自分が自分らしく暮らすことは、働く上でも地域と共に何かをやっていく上でもプラスになるように感じます。
編集部
松坂さんの言葉や表情からも、神山町での充実した暮らしぶり、働きぶりが伺えます。
常に声をかけ合う心地よい距離感。野菜は基本、もらえちゃう!?
編集部
神山町に移住した神山まるごと高専のスタッフの暮らしぶりや、地域の方々との交流エピソードなどがあればお聞かせください。
松坂さん
地域の方々に本当によくしていただき、移住者だからといって疎外感を感じることは全くありません。
地方に移住したエピソードでよく耳にする、野菜をいただける文化は神山町にもあり、大きな白菜が2玉、3玉玄関先に置かれていることがよくあります。ちなみに私の家には今サツマイモが段ボールで2箱ほどあります(笑)。
その行動はサツマイモの収穫時期がくれば芋掘りに誘う、たくさん取れたからお裾分けをするといった温かな交流なんですよね。
苦労していることや不便に感じることはないかと常に気にかけていただけることで、私たちにも地域にできることはないかと話し合うことがあります。本当に良い関係性が続いていると感じます。
編集部
土地のものを直接いただけるご近所付き合いは、都会では得られない貴重な体験ですね。
培ったスキルを再認識。活かせる環境がここにある
編集部
神山町に移住したことで仕事に影響があった体験などはありますか?
松坂さん
地方にくると、これまで持っていたスキルが希少なものとして扱われることはよくあります。これまで入試の指導を行ってきたスタッフは、総合型選抜(旧AO入試)が増えている流れを受けて、現在、他校のアドバイザーとして活躍しています。
また、逆の流れもあり、京都の学校で働いていたスタッフは、「徳島県で実践している教育について話を聞かせてほしい」と、京都のフォーラムに呼ばれたりしていましたね。場所を変えたことで得られる体験だと思います。
“まずはやってみよう”チャレンジ精神が根付く、神山まるごと高専のカルチャー
編集部
神山まるごと高専がスタッフの採用に向け、特に取り組まれていることがあれば教えていただけますでしょうか。
松坂さん
採用は現在、ひと段落しているところですが、当校の活動を日頃から発信することは非常に大切だと思っています。日々の状況や現在取り組んでいること、課題と感じていることをSNSで情報発信することを強化しています。
編集部
職場の雰囲気についてもお聞かせください。
松坂さん
新しいことにチャレンジしている学校なので、挑戦するカルチャーはすでに根付いているように感じます。当校のビジョン、“β Mentality”という言葉にも表れていますが、まずはやってみようという発想はすごくあると思います。
そのためにはコミュニケーションがとても重要であり、必然的に対話の機会が多い職場だと感じています。
編集部
学生もスタッフも、やりたいと思ったことがあったら実現に向けて話し合う、アグレッシブな職場環境が伺えます。
自分たちで作る新しい学校。当事者意識を持って取り組める方を歓迎
編集部
教育現場で働くことは特殊な環境であり、地方に移住することも大きなチャレンジになると思われます。ご自身の経験から、神山まるごと高専への転職を検討している読者にメッセージをお願いします。
松坂さん
私自身、学校で働くということも、地方で働くということも、自分の人生計画には全くありませんでした。しかしながら、新しい教育を作っていきたい、より良い教育を作っていきたいという思いが自分の中にずっとあったように思います。
新しい土地で、新しい職場で新しいことをやっていく私たちの仕事は全てがチャレンジですが、当校のビジョンやミッション、神山町での暮らしが少しでも琴線に触れるのであれば、ぜひ当校とのご縁を繋げていただきたいと思います。
編集部
ユニークな学校運営や、SDGsへの取り組み、神山町での暮らしに興味を持った読者は多いと思われます。最後に、求める人物像についてお聞かせください。
松坂さん
神山まるごと高専は、スタートアップのような学校なので、自分たちで作り出していこうという気概、意識を持った方を歓迎します。
スタートアップはフィット感が重要と思っており、考え方や価値観、目指していることに共感できることがミスマッチを防ぐ最大の要因と考えます。
開校間もない当校には、不十分な面もたくさんありますが、それを“のびしろ”と捉えていただき、それがあるからこそ自分が採用されたと思っていただける、当事者意識の高い方と共に働くことができたら幸いです。
編集部
従来の高専のモノづくりカルチャーを引き継ぎつつ、モノやコトを形にするデザイン力と起業家精神を学ぶことができる神山まるごと高専の一員になることは、新たな可能性の扉を開くことだと感じました。神山町の豊かな自然の中で暮らせることもとても魅力です。
本日はありがとうございました。
■取材協力
神山まるごと高専:https://kamiyama.ac.jp/
採用ページ:公式サイトのお知らせ欄から都度募集